Fumiko MiuraAuthor 2 books9 followersFollowFollowApril 22, 2024『ふぉん・しいほるとの娘』吉村昭著 読了 シーボルトとお滝の娘である楠本イネ(1827-1903)の生涯を描いた小説。日本で初めて医者として活躍した女性としても知られる。江戸時代末期に混血児として長崎で生まれ常に世間から好奇の目を向けられながらも、医師シーボルトの娘として誇り高く生きた彼女の人生を軸に、日本の蘭方医学の受容と幕末から明治維新にかけての激動する日本の社会の様子が綿密に織り込まれた作品。私が苦手な幕末期の複雑な歴史が、この本のお陰でやっと分かってきました。イネ本人の人生だけをドラマチックに描くのではなく、かなりの枚数を当時の天変地異や事件、歴史的背景に費やしているところが吉村作品の特徴。シーボルトの話も大枠では知っていたのですが、御禁制の日本地図を持ち出し日本から追放された事件にまつわり、夥しい数の関係者や門人たちが投獄されたりその結果亡くなったこと、それから2度目に来日し2年間滞在した折にも妾がいたり、外交顧問として一度は雇われたものオランダ政府に疎まれていたことなど、あまり知らなかったその辺りの詳しい事情が書かれていました。イネはシーボルトの弟子の石井宗謙に強姦され(今ならMeToo案件で告発されるはず)、娘タダを産むのですが、医学の道を諦めず学問に勤しみ産科医としても高い評価を得ていきます。イネは知性だけでなく意志の強さも抜きんでている。しかし、福沢諭吉に女医として新時代にふさわしいもっとスケールの大きいことをやれと言われ、自分は女として常に医学の場でも末席に位置し、市井の医者として生きていくのが自分のやり方だと断り、激変する時代の中で自分の学んできた医学が時代遅れになりつつあることを晩年悟るところなどは、シーボルトの寂しげな晩年とも重なるところがある。吉村昭さんは小説を書くのに凄まじい量の下調べをしていたと読みましたが、どこまで実話として信じていいのか定かではないにしても、年齢や立場ごとに変化するイネの感情をよくぞここまで表現できるものだと感心。イネの人生において重要な場面が、映画のように情景豊かに描かれているけど、出来事の仔細や自分の感情をイネ本人が細かに書き残していたようではないので、そこを作家の想像力で補っているのだとしたら物凄い力量であります。