「ブルーストは、確か記憶には二種類あると言っていた。一つは『意思的記憶』であり、何かを思い出そうとして能動的に引き出す記憶のことだ。試験の問題に答えようとするときや、昨日の夕食に何を食べたか思い出そうとするのがそうだ。三月十日に何をしていたか考えるのもこれにあたる。もう一つは『無意識的記憶』であり、突発的に連想され、浮かんでくる記憶のことだ。『失われた時を求めて』で、紅茶と一緒にマドレーヌを食べたとき、語り手は叔母のことを連想し、そこから当時のことを細部まで思い出している。ブルーストは後者にこそ、『失われた時』を見つけ出す鍵があると考えたのだと思う。
僕は三月十日のメールを調べたことをきっかけに、自分の『失われた時』を見つけだしつつあった。その『失われた時』というのは、たとえば徳川第九代将軍の名前を忘れたと言う意味で失ったものではなかった。『忘れた』と言う事実すら忘れ、自分の人生からすっかり抹消していた。歴史の事だった。僕は記憶と言うノートからその事実を消しゴムで綺麗に消し、その消し跡すら消そうとしていた。」 (『三月十日』P.68)