What do you think?
Rate this book


668 pages, Paperback
First published January 1, 1974
中井英夫の『虚無への供物』は、日本ミステリにおける「三大奇書」の一つに数えられる、まさに限界を打ち破った伝説的なアンチ・ミステリです。氷沼家で連続する不可解な死をめぐり、4人の素人探偵たちが息つく暇もなく繰り広げる推理合戦は、時に荒唐無稽で暴力的なまでの妄想対決にも見えます。しかし、その奇怪で衒学的な言葉の応酬に翻弄されるうち、分厚いページ数を忘れてしまうほどの知的な酩酊感に引き込まれていきます。
本作の真の恐ろしさと美しさは、推理という行為そのものが内包する「残酷さ」を痛烈に皮肉っている点にあります。未曾有の大惨事(洞爺丸事故)の直後であるにもかかわらず、他人の悲劇をまるで「スリル」を味わうための極上のパズルとして貪り食う素人探偵たち――そしてそれを傍観して楽しむ私たち読者。ミステリという知的遊戯に隠された人間の破廉恥な本性を暴き出す手腕は、まさに「反推理小説」の真骨頂です。
最近の平易な小説とは一線を画す、冷笑的でありながらユーモアと気品に満ちた精緻な文章力も本作の大きな魅力です。すべての真相を知ったとき、「他人の不幸を無責任に消費して楽しむ我々読者こそが狂っているのではないか」という戦慄と虚脱感に襲われます。推理小説の醍醐味と哲学的な深淵を同時に味わうことができる、類まれなる傑作です。(星4評価)