Studio RAIN73 reviews1 followerFollowFollowJanuary 27, 2022最初に書かねばならないが、本書には一つ事実の誤認がある(と思う)。それは27「ジョン・ケージ・ショック」の章で「TACET」と言う言葉はケージの造語だ、と書いてしまっていることだ。少し楽典の知識がある方ならご存知のはずだが、「TACET」という演奏指示はポップスの楽譜にすら当たり前のように出てくる記号だし、ケージ以後に初めて使用されるようになったというわけでもなく、wikipedia 英語版によれば「TACET」の最初の使用例は1724年だという。だからケージが「4分33秒」で「TACET」という演奏指示のあまり前例のない使い方をしたのは確かだろうが、それは昔から使われていた用語を皮肉っぽく使っただけで、「ケージの造語」ではない(はず)。実際ネットでも同じことを指摘している方がいる:https://jurassic.exblog.jp/25391289/が、これはあくまで瑕瑾にすぎない。実を言うと私は当初本書をちょっと舐めていた。立花隆がいくら「知の巨人」で音楽好きとか言っても、あくまで素人のディレッタントに過ぎず、武満徹のような高度な現代音楽の専門家からいくらインタビューをしても深い話を聞きだすのなんて無理で、既存の資料を適当にまとめた通り一遍のドキュメンタリーになってしまうんじゃないの? なんて。だからこういう事実誤認を発見したときは、そら見たことか、と鬼の首を取ったような気分だった。ところが、ちゃんと読んでみると、その独自インタビューの部分が質・量ともに予想以上にすごいのである。立花氏本人の言によれば、インタビュー総時間数は100時間を優に超えると言う。しかもただ長いだけではもちろんない。音楽史を細かく調べていないと聞けないことや、楽理の専門知識がないと聞けないことや、武満徹の著作はおろか楽譜すらも読み込んでないと聞けないことなど、素人にはとてもできないような相当つっこんだ質問をしているのだ。だから立花氏が付け焼刃とは言えども相当の量の事前調査や背景知識の勉強をしてインタビューに臨んだことは間違いない。しかも彼独特の取材へのこだわりから、インタビューの内容に疑問点があったり関連資料の内容に疑問点があったりすると、その度に武満徹本人に直接電話して質問したりして繰り返し追加インタビューを行ったという。そういう相手だからこそ、武満氏もプライベートな話から高度な音楽理論の話まで存分に語る気になったのだろう。そういう立花氏の努力の甲斐あって、本書は単に武満徹という稀代の音楽家のジャーナリスティックな伝記であるにとどまらず、音楽史研究にとっても貴重な資料&史料になっていると思う。特に、セリエル主義の限界やジョン・ケージの仕事の音楽史的意義に関する武満氏の発言は、世界の音楽界を主導してきた実作者の発言だけに極めて貴重だ。セリエル主義は今でこそかなり相対化して語られるようになってきてはいるが、本書の元になった雑誌連載当時はまだまだセリエル主義がドグマとして音楽界に君臨していた頃だったはずだ。ジョン・ケージも一般には「4分33秒」というネタみたいな曲を作った人としか思われていないようだが、音楽史的に見ると、そういうドグマに陥っていた音楽界を解放するという重要な音楽史的役割を担っていたことが武満氏の発言を読むとよくわかる。他にもジョージ・ラッセルの「リディア概念」から受けた影響の話とか、ミュージック・コンクレートにはまっていた時代の話、「ノヴェンバー・ステップス」から「秋庭歌」のあたりで雅楽や邦楽から受けた影響の話とか、音楽史的に重要と思われる話が山のように載っている。本書が後世の音楽史研究者にとって貴重な資料&史料になることは確実だ。だからこそ、冒頭で述べたような「瑕瑾」は早く正しておくべきだ。実際出版から5年以上もたってこんなミスが放置されているのはちょっと不思議である。出版社は権威ある音楽専門家の監修を受けて監修者の責任で訂正を入れておくべきであろう。music